熱処理を知る
一般的な熱処理

焼なまし(A)

  焼なましとは、鋼の結晶粒度を調整し、軟らかくする操作で、その目的によって種々な方法があります。いずれの場合も、

@A又はA3−1変態点以上+50℃に加熱し、完全にオーステナイト化させます。

AAr点直下(約700℃)でオーステナイトをパーライトに変態させます。

(1)完全焼なまし

一般的に焼なましと云えば、この完全焼なましのことを云います。変態点以上+50℃

の温度に加熱した後、約25〜40℃/h以下の温度で炉冷します。冷やし方は炉冷ですが、室温までゆっくりと冷やす必要はありません。臨界区域(約550℃)位まで炉冷したら、炉から取り出し後が空冷で良いのです。ただし、残留応力を嫌う場合は、400℃位まで徐冷すると良いでしょう。

(2)等温焼なまし

等温冷却を利用する方法です。TA温度から約600℃(S曲線の鼻より高い温度)に保った等温炉に入れ、等温変態が終了した後、取り出して空冷します。この処理は短時間で操作が完了でき、また、炉の循環的な利用も可能です。

(3)球状化焼なまし

パーライト中のセメンタイトを又は網状セメンタイトを球状化させるための焼なましです。球状化の方法には、

@Ac点直下又は直上の温度に長時間加熱した後、ゆっくり冷やす方法。

AAc点の直上まで加熱し、Ar点直下まで冷却を数回繰返し行う方法。

B簡単に球状化したい場合、また、構造用鋼など球状化がし難い鋼は、一度焼入れを行い、高温(650〜700℃)で焼戻しを行うと比較的球状化が容易にできます。

(4)応力除去焼なまし

冷間鍛造や圧延、溶接、鋳造品などの残留応力を除去し、軟化させたり、ひずみを少なくするための処理で、一種の低温焼なましです。加熱温度は鋼の再結晶温度(約450℃)以上、A変態点以下の温度です。通常は550〜650℃が多く用いられています。冷却は徐冷(炉冷)が良いが、450℃以下は空冷でも効果的です。また、焼入変形を少なくするための前処理としての効果もあります。

   

金属組織について(2)

一般的な熱処理についてお話をしましたので、それらの処理によって生じた金属組織について、前に記述しなかった組織を概略解説しましょう。

スッテダイト

りん化鉄(FeP)と含りんオーステナイトの共晶を云います。熱処理では直接関係がありませんので省きましたが、片状黒鉛鋳鉄中の含りん共晶は、このスッテダイトです。また、Pを多く含む炭素鋼にも現れることがあります。

レデブライト

鉄鋼材料を融液から冷却してくると、1148℃でオーステナイトとセメンタイトが同時に晶出します。この共晶をレデブライト又はウエストと呼んでいます。レデブライトのC量は4.3%です。

複炭化物

FeとC、Mo、W、V、Crなど2種類以上の元素が化合してできた金属間化合物を複炭化物と云います。ダイス鋼(SKD)や高速度鋼(SKH)などの高合金鋼に多く存在する炭化物で、MC、MC、M23などがあります。Mは(FeCr)、(FeMo)など添加した金属元素を表します。

繊維状組織

冷間で加工し塑性変形を与えれば、結晶粒は加工方向に繊維状に伸び、加工度が大きくなると結晶粒は繊維を束ねたような組織にあります。このように加工方向に伸びた組織を繊維状組織と云います。この組織は、伸びた方向と直角方向では強度がかなり違います。このような組織は再結晶温度以上に加熱すれば元に戻ります。

トルースタイト

焼入れによって得られたマルテンサイトは、α鉄に多量のCが固溶したもので、硬くてもろい性質があります。これを粘い性質にするために、Cを吐き出させる必要があります。約400℃に加熱(焼戻し)すると、硬いマルテンサイトからFeCの形でCを吐き出します。この組織がトルースタイトです。フェライトとセメンタイトの混合組織で、マルテンサイトに次ぐ硬さです。ばね性もありますが、さびやすいのが欠点です。フランスのトルーストによって発見されました。硬さは400HV程度です。

ソルバイト

この組織もフェライトとセメンタイトの混合組織です。マルテンサイトをトルースタイトよりもさらに高い温度(550〜650℃)で焼戻しをすると得られます。FeCがやや粗大化し、トルースタイトよりもさらに凝集した模様を呈します。軟らかくショックに強いため、じん性が要求される機械部品に多用されています。また、窒化や高周波焼入れの前処理として施されます。イギリスのソルビーが命名したもので、硬さは270HV位です。

ベイナイト

オーステナイト化した鋼を焼入れする際、Ar′変態とAr″変態の中間の温度で等温処理すると、得られる独特な組織です。等温処理温度が高い(450〜550℃)場合は、黒色の羽毛状(パーライトに近い)の組織が、また、比較的Ms点に近い温度で処理すると、針状(マルテンサイトに近い)の組織となります。羽毛状を上部ベイナイト、針状を下部ベイナイトと云います。いずれのベイナイトも、硬さが同一ならば通常の焼入れ・焼戻し材よりも粘り強い性質を持っています。米国のベインが発見したのでこの名前が付いています。

 表面改質熱処理

  前述したごとくバルク材の表面も内部も同時に、目的とする特性に変える処理を一般熱処理と呼びましたが、ここでは表面のみを改質する熱処理、特に表面硬化熱処理について概略解説しましょう。

 表面硬化の種類

表面硬化処理には物理的硬化法と化学的硬化法の2つがあります。物理的な硬化法は、表面の化学成分を変えることなく、焼入れだけで硬くする方法です。高周波焼入れ、炎焼入れ、レーザ焼入れなどがあります。化学的な方法は、表面の化学組成を変えて、硬化させる方法で浸炭、窒化、浸硫窒化、ボロナイジング、拡散浸透処理などがこれに該当します。いずれの場合も表面を硬くし、耐摩耗性、耐疲労性、耐食性、耐熱性などの向上が目的ですが、これらの処理のどれを選ぶかは、母材との兼ね合いもあって大切な問題の一つです。

 物理的硬化法

高周波焼入れ(JIS記号HQI)

  高周波誘導加熱によって鋼を焼入れする場合、コイルと被加熱物に流れる電流は、周波数が高くなるにしたがい、それぞれの表面に集中してくる性質があります。この現象を表皮効果と呼んでいます。コイルと被加熱物に流れる電流は、向きが互いに反対方向であり、周波数が高くなるとこの表皮効果によって、反対方向の電流がますます接近して流れるので電気抵抗が少なくなります。被加熱物の表面のみが発熱するのはそのためです。電流の流れる表面の深さ(d)と周波数(f)との間には、次のような関係式があります。

          d=5.03×10√ρ/(μ・f)

ただし、d:透過深さ(cm)、ρ:固有抵抗(μΩ・cm)、f:周波数、(Hz/sec)、

      μ:透磁率

つまり、簡単に云えば電流の周波数が高くなるほど、加熱深さが浅くなります。例えば周波数10KHzの時は焼入れ深さは5mmとなります。表15に高周波発生装置の種類と特徴を示しましたが、現在では周波数の範囲が広い、サイリスタインバータ式の発振機が多用されています。高周波焼入れの特徴は、

(1)直接加熱ですから熱効率が良く、作業時間が短い。

(2)局所焼入れが可能で、硬化層深さの選定も比較的容易である。

(3)短時間加熱、急冷処理のため酸化、脱炭、変形が少ない。

(4)作業の標準化、自動化が容易である。

(5)急熱、急冷のため表面に大きな圧縮残留応力が生じ、耐摩耗性のみならず耐疲  労性も向上する

などが挙げられます。

  高周波焼入加熱は、コイルによって行われますので、被加工品の寸法、形状に適したコイルの作成が重要です。コイルの種類には外面用、内面用、平面用などがありますが、コイルの選定は経験的な要素が多々あります。

高周波焼入れは、一般的に機械構造用炭素鋼及び低合金鋼が多く用いられていますが、急速加熱のため、炭化物が十分固溶しない内に温度が上昇し、Ac変態点は鉄−炭素系状態図の場合よりも若干高くなります。したがって、高周波焼入れ硬さは、焼入れ前の素地組織によって大きく影響されます。ソルバイト組織のものは炭化物が十分に固溶しますので、焼入れ硬さは高くなります。硬さの表示は有効硬化層深さと全硬化層深さの2つがあります。有効硬化層深さは50%マルテンサイト(これをハーフマルテンと呼んでいます)までの深さに該当し、鋼のC%によってその限界硬さが決められています。また、全硬化層深さは母材の硬さまでの深さを採用しています。

冷却剤は水溶性冷却液が一般的に多く用いられ、冷却方法は大きな冷却速度が得られる噴射式が多用され、クランクシャフト、歯車、カム、ロール、シリンダライナなどに施されています。

 

炎焼入れ(JIS記号HQF)

  アセチレンガス、都市ガス、プロパンガスなどと酸素との火炎によって、鋼の表面のみを加熱し、焼入れする操作です。高周波の場合は誘導電流によって自己発熱する内熱式に対し、炎の場合は外熱式です。いずれにしても耐摩耗性や耐疲労性の向上を目的とした処理です。特徴としては、

(1)被処理品の形状や寸法に制限を受けない。

(2)局所焼入れが可能で、硬化層深さの選定も比較的容易である。

(3)急速加熱、冷却のため酸化、脱炭、変形が比較的少ない。

(4)肉薄部品の局所焼入れは不向きである。

などが挙げられます。

焼入れ用の炎は、中性炎を用い最高温度の部分を利用します。また、高周波焼入れのコイルと同様に、炎焼入れにおいては火口の設計が重要なポイントです。火口は燃料ガスの種類や被加熱物の形状、大きさ、焼入れ硬化深さなど目的によって設計が変わり、ガスと酸素の混合形式から、元混合形、先混合形に、また、炎の形成上から孔及びスリットがあります。なお、用いる鋼は高周波焼入れの場合と同じであり、有効硬化層深さも同じと考えて良く前表を採用しています。また、表面硬さは大体次式によって推定ができます。

           HRC=15+C    Cは(%×100を表します)

高周波の場合も同様ですが、焼入れした後は必ず焼戻しを行います。

 レーザ焼入れ

  レーザ焼入れは、高エネルギー密度のレーザビームを鋼部品の表面に照射して加熱し、自己冷却作用によって焼入硬化させる方法です。レーザ発振装置には炭酸ガスレーザ、YGレーザ、プラズマレーザ、エキシマレーザなど色々ありますが、焼入れに用いているのは、炭酸ガスレーザが多いようです。レーザビームによる加熱は超急速であり、また、焼入れも冷却剤は用いず自己冷却です。したがって、短時間に小さい面積で局所焼入れができ、ひずみの発生も少ない利点があります。一般的に焼入れ後は焼戻しを行いません。

電子ビーム焼入れ

  電子ビーム焼入れは、真空中で電子ビームを被処理物の表面上を走らせながら加熱し、自己冷却によって焼入れる方法です。真空を用いる不便さはありますが、酸化や脱炭などが無く良好な結果が得られます。また、比較的熱効率も良く、今後機械部品の小局所表面焼入硬化に多用されることと思います。

 

化学的硬化法

浸炭(JIS記号HC)

  低炭素鋼(通常肌焼鋼と云っています)の表面にCを浸透拡散させ、高炭素としたのち、これを焼入れして表面を硬くする方法を浸炭と呼んでいます。浸炭焼入れには固体浸炭、液体浸炭、ガス浸炭の3種類がありますが、色々な理由から現状ではガス浸炭焼入れが主流です。表17は各種の方法について特徴を示したものです。いずれの場合も、表面が硬く内部が軟らかいため、耐摩耗性、耐疲労性に優れています。使用鋼は一般的に低炭素鋼が用いられ、次のような条件を満たしていることが必要です。

(1)浸炭温度に加熱した際、結晶粒の粗大化を起こさないこと。

(2)硬化層の硬さが高く、耐摩耗、耐疲労、高じん性を有すること。

(3)内部の被硬化部においても、結晶粒が粗大化せず、高じん性を有すること。

(4)浸炭を阻害する元素が少なく、遊離の炭化物を作る元素が含まれていないこと。

(5)加工性が良く、価額も安いことなどが挙げられます。

固体浸炭(HCS)

  固体浸炭は、浸炭箱に処理品と木炭を主成分とした浸炭剤を積め、ふたで密閉をして行う処理です。この方法は各種の浸炭法の中で最も歴史が古く、炉の設備や作業法も簡単ですが、常に品質を一定に保つことが難しく、また、作業環境も悪いことから現在ではあまり行われていません。浸炭機構は基本的には、ガス浸炭の場合と同じです。箱内に詰められた浸炭剤は箱内に存在する酸素と反応し、炭酸ガス(CO)となり、さらにCOは炭素と反応して、一酸化炭素(CO)となります。

                    C+O→CO

                    C+CO⇔2CO

このCが鋼の表面で分解して(C)となります。この(C)は通常のCと異なり、活性化炭素と云っています。実際には

          Fe+2CO→[Fe−C]+CO

によって浸炭が行われます。

液体浸炭(HCL)

  青酸カリ、青酸ソーダなど青化物を主成分とする塩浴を用い、約900℃に加熱した浴中に処理品を浸漬して浸炭します。浸炭層のコントロールは処理時間と温度によって行い、低温で短時間の場合は薄い浸炭層が、また、高温で長時間になると厚い浸炭層が得られます。しかしながら、シアン公害の問題から最近では斜陽傾向にあり、シアンを含まない液体浸炭も開発されています。

ガス浸炭(HCG)

  天然ガス、都市ガス、プロパン、ブタンガスなど変成した浸炭性ガスあるいは液体を滴下し発生した浸炭性ガス中で処理品を加熱し、浸炭を行う方法です。ガス浸炭には一般的なガス浸炭の他真空炉を用いた真空浸炭、プラズマを利用したプラズマ浸炭(イオン浸炭とも云っています)、また、メタノールなどの液体を浸炭炉内に滴下し、その分解ガスによって浸炭を行う滴注式浸炭法などがあります。現在では特別な場合を除き、品質管理、生産性、公害などの観点から、このガス浸炭法が汎用されています。浸炭機構は固体浸炭の場合と同様です。ガス浸炭処理で最も留意すべき点は粒界酸化の問題です。できるだけ粒界酸化を防ぎ、また、残留オーステナイトの生成を抑えることが大切です。従来の浸炭は表面の炭素濃度を共析組成(0.78%)とし、焼入れによって得られたマルテンサイトにより耐摩耗性の改善を図っていましたが、この状態では、摩擦熱による温度上昇や高い温度雰囲気中で使用する場合などは、軟化現象が生じ寿命が低下することがあります。このような現象を防止する目的から、表面近傍の炭素濃度を3%前後まで上昇させ、球状化して分散させた炭化物分散浸炭なども行われています。

浸炭窒化

  浸炭と同時に窒化処理も行う方法です。古くは青酸ナトリウム(NaCN)や青酸カリ(KCN)を主成分とする塩浴を用い、750〜850℃で処理していたものが、これに相当し液体浸炭窒化と呼ばれていました。シアンを用いるこの方法も、前述のシアン公害の問題から斜陽傾向にあります。しかしながら、ガスによる浸炭窒化の場合は、比較的焼入性の低い材料に適用でき、若干残留オーステナイトが生成し易いが、通常浸炭よりも低温で処理が可能なため、利用頻度が多くなってきています。この処理法は通常のガス浸炭性ガス雰囲気中に0.5〜1.0%のアンモニア(NH)を添加し850℃前後の温度で行います。

窒化処理

  窒化処理は鋼の表面に活性化窒素(N)を浸透させて、表面を硬くする方法です。鋼の表面にNが入ると表18のような窒化物を作ります。この窒化物は非常に硬いため、処理状態で用います。したがって、浸炭のような焼入れ操作は必要としません。処理温度はA変態点以下のα−Fe区域(510〜570℃)です。処理温度が低いため焼割れや焼ひずみの心配もありません。鋼中に入るNはアンモニアなどが熱分解してできた発生期のNが必要で、この窒素と親和力の強いAl、Cr、Moなどが鋼中に存在していることが重要です。特にCr、Moは不可欠成分です。JISで規定されているSACM645はAl、Cr、Moが含まれている窒化専用鋼です。もちろんSCMやSKDなども窒化処理を行って用いています。

表面に生成される窒素化合物は前述したFeN、Fe2−3N、FeNであり、白層と呼ばれている最表面の相はFe2−3Nです。いずれにしても、調質をしてから窒化処理をするのが基本です。なお、窒化防止にはSnめっき又はNiめっきなど行います、これをマスキングと云っています。

  窒化硬化層深さには全硬化層深さと実用硬化層深さの二つがあります。全硬化層深さは測定が困難なため、母材の硬さよりも50HV高い、実用硬化層深さのほうが良く採用されています。

ガス窒化(HNTG)

  1923年、A.Fryによってアンモニアの分解ガスを用いたのが最初です。500〜550℃に加熱したアンモニア分解ガス中で、50〜150時間処理します。この時のアンモニアの分解率は30%前後にします。この処理によって深さ0.2〜0.3mm、1000〜1200HVの硬さが得られます。耐摩耗性、耐食性に優れた特性が得られますが、処理時間の長いのが欠点です。

プラズマ窒化(イオン窒化)

  窒化時間の長いのを補う目的で開発されたのがプラズマ窒化です。イオン窒化とも呼んでいます。この処理は低減圧の真空中により、放電によって行うガス窒化の一種です。図36に示すごとく、処理物を陰極、容器を陽極とし0.5〜10Torrの真空中で約500Vの電圧をかけ放電を行います。この時アンモニアを導入すると窒化が行われるのです。窒化時間は数時間で良く、ガスも節約でき公害もありません。また、処理温度は450〜570℃です。処理雰囲気には窒素と水素の混合ガスが多く用いられています。

塩浴軟窒化(HNTT)

  塩浴軟窒化の代表的な処理はタフトライドです。この処理は青酸カリや炭酸カリなどをチタンるつぼに入れて溶融し、この中に空気を吹き込みながら処理を行う方法です。処理温度は570℃前後、時間は30〜240分程度、加熱後は油冷か水冷を行います。用いられる鋼はオールマイティと云っても過言ではない位全ての材料に適しています。ただ、シアンの問題があり、最近ではシアン公害をゼロにした処理も開発されています。ガス窒化やプラズマ窒化と大きく異なる点は、後述するガス軟窒化と同様に、窒素と炭素が同時に侵入し、炭窒化物が形成されることです。写真14は塩浴軟窒化処理鋼の一例です。

浸硫窒化

  窒素と硫黄を同時に侵入拡散させる処理です。塩浴軟窒化性浴の中に硫黄化合物を添加し、窒素化合物と硫黄化合物を同時に鋼表面に生成させる方法です。この処理には高濃度のものと低濃度の処理があり、また、比較的低温で行う電解浸硫窒化処理も行われています。いずれの場合も耐摩耗性と耐焼付き性が改善されます。

ガス軟窒化

  軟窒化をガスによって行う方法で、公害は全くありません。この処理にはアンモニアガスと浸炭性ガスを混合して使う場合と、尿素を分解して用いる方法とがあります。

アンモニアガスと浸炭性ガスを1:1の割合で混合して用いる軟窒化は、ガス軟窒化の主流です。この他窒素ガスベースのものもあります。また、尿素の熱分解で生じたCOとNで軟窒化を行う方法もあります。処理温度や時間は他の軟窒化法と同じです。写真15は金属組織であり、表面の白層がε窒化物(Fe2−3N)です。

 ボロナイジング(ほう化処理)

  鋼の表面にFeB(約2000HV)、FeB(約1600HV)のボロン化合物を生成させ、これらの持つ高い硬さ値と非金属的物性によって耐摩耗性、耐焼付き性の改善を図る処理をボロナイジング又はほう化処理と呼んでいます。処理方法には固体、液体、気体の3通りがあります。いずれも日本では余り行われていませんが、ヨーロッパでは耐摩耗部品や金型類に汎用されています。最表面には処理方法と条件によって異なりますが、反応生成物としてFeB、FeBが生成されます。耐摩耗性の観点からはFeB単相の方が好ましいです。処理温度は1000℃前後の高温で行われるため、ひずみの発生があります。これらを考慮して処理することが大切です。

 炭化物被覆処理

  炭化物被覆処理法にはPVD(物理的蒸着法)やCVD(化学的蒸着法)のようなドライコーティング、TRD(VC炭化物コーティング)のようなウエットコーティングの2通りがあります。いずれの場合も鋼表面に硬い炭化物あるいは窒化物を生成させる方法です。PVDやCVDには色々な方法があり、硬質皮膜もTiN、TiC、TiCN、TiAlNなど、また、硬質皮膜のみならず光学的、物理的皮膜が種々検討され、すでに実用化されている皮膜も少なくありません。また、TRDは表面に硬いVC炭化物を生成させるもので、すでに実用化され金型など広範囲で使用されています。この処理は、素地と炭化物層の相互拡散によって密着強さが高く、はく離を起こし難い特徴がありますが、高温処理のため大きなひずみが発生しやすく、この問題解決にはある程度の経験が必要です。なお、最近ではα区域の低温で炭窒化物被覆する方法も開発されています。

 水蒸気処理(ホモ処理)

  鉄には一酸化鉄(FeO)、三酸化鉄(Fe)、四酸化鉄(Fe)の3種類の酸化鉄があります。FeOは白さび、Feは赤さび、Feは黒さびと云われています。Feは多孔質で硬く、耐食性に富んでいるので表面改質に利用されます。この膜を作るのには水蒸気を用います。赤さびが生じないように、加圧水蒸気を350〜400℃に予熱した後、500℃前後に加熱した過熱水蒸気を処理品に通じるとFe膜ができます。温度が高すぎたり、時間が長すぎたりするとFeはFeに変化してしまいますので注意をして下さい。ます。 

焼ならし(N)

  鋼を標準状態、つまり、ノーマルな状態にする処理です。前加工の影響を除き、結晶粒を微細にし機械的性質の改善を目的としています。処理方法は、

@A又はAcm変態点以上+50℃に加熱し、完全にオーステナイト化させます。

A冷却は空中放冷です。

(1)普通焼ならし

所定の温度から常温まで、大気中で放冷する操作を普通焼ならしと云います。冷却は大気放冷で十分であるが、大気の状態、気温、風向き、部品の大きさなどによって、所定の硬さが得られない場合があります。特にNiを含んだ構造用合金鋼は自硬性が強いため、軟化しないことがあります。このような場合には、焼戻しによって目的とする硬さにしなければなりません。この操作をノル・テンと云います。

(2)等温焼ならし

S曲線の鼻の温度に相当する等温炉に挿入し、

等温変態が終了した後取り出して空冷を行い

ます。鼻までの冷却時間は速い方が良く、熱

風冷却が用いられます。この処理は鋼の被切

削性を向上させるのに有効です。別名をサイ

クル・アニリーングとも呼んでいます。

焼入れ(Q)

   この処理は鋼を硬く、強くするために行う熱処理です。硬く焼きを入れるにはオーステナイト化温度から急冷を行うことが必要です。急冷をクエンチング、硬くすることをハードニングと云いますが、急冷が必ずしも焼入れではありません。急冷しても硬くならない時は水靱処理(SC、MnH材)とか固溶化熱処理(SUS304材)とか呼んでいます。したがって、焼入れの場合はクエンチング・ハードニングと呼ぶのが正解でしょう。なお、焼入れのルールは、

@A又はA3−1変態点以上+50℃に加熱し、十分にオーステナイト化させます。

A臨界区域を急冷し、危険区域は徐冷します。オーステナイト化温度は、焼入れルールの内で最も大切なのは急冷方法です。臨界区域のみを急冷し、危険区域は徐冷する。そのためには、種々知恵を出さなければなりません。臨界区域を速く冷やすには水や油を使いますが、水は危険区域までも速く冷やし、焼割れや変形が生じやすくなります。油では火災などの危険性もあります。そこで最近ではポリマー焼入冷却剤が活用されていますが、オールマイティではありません。焼入冷却のコツとして、割れず、硬く焼入れるには〔速く、ゆっくり〕冷やすことです。どうしたら良いでしょう。ここが熱処理屋のノウハウなのです。

(1)引上げ焼入れ

速く、ゆっくり冷却を行う方法は、引上げ焼入れです。時間焼入れとも云っていますが、これはオーステナイト化温度から焼入液の中に投入後、ある時間経過したところで引上げてゆっくり冷やす方法です。焼入液の中に漬けておく時間は、液の種類と処理品の大きさによって違いますが、大体の目安は、

      水焼入れ:品物の直径3mmにつき1秒間水浸漬

               油焼入れ:品物の直径3mmにつき3秒間油浸漬

               (板厚の場合は浸漬時間は50%増)

です。浸漬後は引上げて空冷で良いのですが、水の場合は空冷よりも油冷が効果的です。

(2)マルテンパー

この方法は〔割れず、硬く、曲がらず〕焼きを入れるのに、最も適した処理方法の1つです。油又は塩浴をMs点の温度付近に保ち、この熱浴に焼入れし、表面と内部が同じ温度になった頃見計らって引上げます。

(3)オーステンパー

マルテンパーよりもさらに高い温度(300〜500℃)の熱浴を用い、この中に焼入れを行い変態が完了したら引上げて空冷を行います。この処理はS曲線を上手に使うことと、部品を変態終了まで保持しなければならないため、あまり大物は処理できません。得られる組織をベイナイトと云い、焼戻し無しでも相当硬く、また、じん性があります。S曲線の鼻直下のオーステンパーで得られる組織を上部ベイナイト、Ms点に近いところでベイナイト変態を起こさせた組織を下部ベイナイトと呼び、硬さは処理温度が低い方が大きな値を示します。

焼入れの注意事項

(1)焼入冷却液

焼入冷却液の種類と性能には、水、油、熱浴種々ありますが、水は冷たく人肌以下に、油は熱く80℃程度が常識です。水が人肌以上になると冷却速度が小さくなり硬くなりません。また、油は温度が低いと粘性が高くなり、冷却速度が遅くなります。油の場合はホットクエンチと云って、120〜150℃程度に温度を上げて用いていることもあります。これは焼入ひずみが少なくなるので、精密部品の焼入れなどに利用されています。焼入冷却液の冷却能力は、撹拌の程度によっても異なります。均一に急速冷却するためには、工夫をし十分に撹拌する必要があります。まず、真っ赤に加熱された鋼を冷却剤中へ投入します。鋼に触れた液体の表面は、沸点まで温度が上昇しますが、この一瞬の間鋼の表面は熱を奪われますから、温度がわずか下がります。続いて鋼の表面は薄い蒸気膜で全面が覆われます。この蒸気膜は断熱の働きをするため、冷却は緩やかとなります。この段階を蒸気膜段階と云います。さらに鋼に触れている部分は、猛烈に沸騰を始め蒸気の泡が出ます。この蒸気が鋼から離れるとき熱を奪い冷えてくるのです。この段階を沸騰段階と呼んでいます。また、冷え始める時の温度を特性温度と云っています。この段階は非常に重要で、焼きが入るか否か、つまり前述した臨界区域に相当するところです。なぜ均一に十分撹拌しなければならないか、理解をして頂けたと思います。さらに鋼の温度が下がり、約400℃位になると沸騰もおさまり、対流をし始め冷却が緩やかになります。この段階を対流段階と云います。この後の冷却でマルテンサイト変態が開始するのです。この段階が速いと焼割れや焼ひずみが生じやすくなります。また、同じ液でも部品の形状や大きさによって、冷え方が異なります。焼入れに当たっては、この冷え方を十分に頭に入れて、各部が一様に冷えるよう考えましょう。

(2)焼入硬さ

焼入れを行うと硬くなります。工具鋼材の場合はW、Cr、Vなどの合金元素によって変わりますが、構造用鋼の場合は、含まれているC%の量のみによって変化し、合金元素には影響されません。つまり、構造用鋼の場合は、

          最高焼入硬さ(HRC)=30+0.5C%(フル・マルテン)

          最低焼入硬さ(HRC)=20+0.5C%(ハーフ・マルテン)

例えばS45Cの場合には、

          最高焼入硬さ(HRC)=30+0.5×45=53

          最低焼入硬さ(HRC)=20+0.5×45=43

になります。この関係式はSCM435などの場合においても同じです。

(3)焼入深さ

焼きがどの程度の深さまで入ったかは、含まれている化学成分によって大きく影響されます。この焼入深さを左右する性質を焼入性と云います。焼入性に最も影響を及ぼすのがC%です。次はB、Mn、Mo、Crに順で影響をしますが、SiやNiはそれほど影響をしません。また、焼入性にはオーステナイト化温度における結晶粒度の大きさも影響します。結晶粒が粗いほど焼入性が大きく、深く硬化します。一般的に焼入性が大きい鋼(特殊鋼)は油焼きで十分硬くなりますが、小さい鋼(炭素鋼)は水焼入れでなければ硬くなりません。

C質量効果:同じ成分の鋼でも太さや厚みが異なると、硬さが入り難くなります。つまり、硬さと深さは鋼材の質量によって変化するのです。これを焼入れの質量効果と呼んでいます。質量効果が大きいと云うことは、鋼材の大きさによって硬化の差が大きいことを意味し、大物になるほど焼きが入りにくと云うことになります。また、逆に質量効果が小さいと云うことは、質量による影響が小さく、大物まで良く焼きが入ると云うことになります。一般的に炭素鋼は質量効果が大きく、特殊鋼は小さいと云えましょう。

焼戻し(T)

  焼戻しとは焼入れ又は焼ならしを行った鋼について、硬さを減少させ粘さを増加させる目的で行う熱処理です。一般的に焼戻温度は粘さを目的とする構造用鋼などの場合は、400℃以上の温度で、また、硬さを必要とする場合には200℃前後の温度です。高温の場合を高温焼戻し又は調質、低温の場合は低温焼戻しと呼んでいます。なお、焼ならしの後に行う場合はノル・テンと云っています。いずれの場合も、

@A変態点以下の温度で加熱します。

ASKD、SKH材を除き、高温焼戻しの場合は急冷、低温焼戻しは空冷です。

焼戻しは原則として、焼入れ直後に行います。焼入れ後長時間放置しておくと、置割れが発生する場合があるからです。焼戻保持時間は1時間程度を標準にしていますが、長時間1回行うことよりも、短時間で2〜3回繰返し行う方が効果的です。また、焼戻し温度においては、ぜい性を起こす温度があるから、注意をする必要があります。

        低温焼戻ぜい性=300〜400℃

(鋼材特有な性質ですからこの温度では絶対に行ってはいけません)

            高温焼戻ぜい性=550〜650℃

(空冷を行うと生じます。加熱温度から必ず急冷をしましょう)

(1)低温焼戻し

高い硬さと耐摩耗性が要求される工具類やゲージ類には、この低温焼戻しが行われなます。焼戻温度は150〜200℃であり、保持時間は1時間が原則です。低温焼戻しによって、硬くてもろい焼入マルテンサイトが、粘い焼戻マルテンサイトに変化します。また、焼入れによるストレスが除去でき、経年変化の防止、研磨割れの防止、耐摩耗性の向上などに役立ちます。

(2)高温焼戻し

高温焼戻しは強じん性が要求されるシャフト類、各種の歯車類、また、SKHやSKDなどの工具類に適用されます。強じん性を必要とする場合には、550〜650℃に1時間程度加熱し、高温焼戻ぜい性阻止のため急冷をします。得られる組織は約400℃焼戻しでトルースタイト、約600℃でソルバイト組織となります。いずれの場合も基本的にはフェライトとセメンタイトの混合相です。また、焼戻硬化用の戻し温度は500〜600℃で、冷却は空冷です。この処理によって、焼入れによって残っていたオーステナイト(残留オーステナイト)がマルテンサイトに変態します。したがって、急冷では焼割れと同じような割れを生ずる恐れがあるからです。1回目の焼戻しで残留オーステナイトをマルテン化させ、2回目で本来の意味の焼戻しと云うことになります。つまり、硬化用では必ず2回以上は行う必要があります。

なお、焼戻温度と長さの関係には、3つの段階が考えられます。

第1段階:80〜160℃の範囲で収縮が起こります。これは正方晶のマルテンサイトの分解とFe2.3Cの析出が起こるためです

第2段階:230〜280℃の範囲で起こる膨張です。これは残留オーステナイトが下部ベイナイトに分解する過程です。残留オーステナイトが存在しない鋼やサブゼロ処理した鋼には現れません。

第3段階:300℃位に現れる大きな収縮で、立方晶のフェライトとセメンタイトが出現するため、大きな収縮が起こります。また、一般的に硬さはセメンタイトが析出し、さらに凝集してくると低下する現象を示しますが、高速度鋼や合金鋼のような合金鋼は500〜600℃焼戻しにおいて上昇します。このようにある温度で硬さが上昇する現象を二次硬化現象と云っています。これは残留オーステナイトのマルテン化と複炭化物の析出によるものです。なお、高温焼戻しで硬さが低下する度合いを、焼戻し軟化抵抗が大きい、小さいと表現をしています。したがって、W形の硬さ曲線を示す高合金熱間金型用鋼などは、高温での軟化抵抗が大きいといえましょう。

サブゼロ(深冷処理)

  サブゼロ処理は深冷処理とも呼ばれているもので、0℃以下の温度に冷やす処理です。焼入れした鋼中には多少(10〜30%)に関わらず写真8に示す残留オーステナイトが存在しています。このオーステナイトは置狂いや置割れの原因となるばかりでなく、硬さの低下もきたしています。したがって、0℃以下の温度に冷やし、人為的にマルテンサイト化させる必要があります。サブゼロ処理はその1つの方法です。寒剤にはドライアイス、炭酸ガス、液体窒素などがあります。ドライアイスとアルコール(メチル、エチルどちらも可)で約−80℃、炭酸ガスで−130℃、液体窒素では−196℃まで冷やすことができます。−80℃程度までのサブゼロを普通サブゼロ、−130℃以下の温度を超サブゼロと云い、温度が低い方が耐摩耗性向上には効果的です。処理時間はその温度になってから30分程度で良く、保持後は空冷でも良いが、水中か湯中に投入することがベターな方法です。これをアップ・ヒルクエンチングと云っています。処理後は所定の焼戻しが必要です。