熱処理技術講座 >> 「熱処理のやさしい話」
第15章 物理的硬化法
高周波焼入れ
(JIS記号HQI)
高周波誘導加熱によって鋼を焼入れする場合、コイルと被加熱物に流れる電流は、周波数が高くなるにしたがい、それぞれの表面に集中してくる性質があります。この現象を表皮効果と呼んでいます。コイルと被加熱物に流れる電流は、向きが互いに反対方向であり、周波数が高くなるとこの表皮効果によって、反対方向の電流がますます接近して流れるので電気抵抗が少なくなります。被加熱物の表面のみが発熱するのはそのためです。電流の流れる表面の深さ(d)と周波数(f)との間には、次のような関係式があります。
d=5.03×103√ρ/(μ・f)
ただし、d:透過深さ(cm)、ρ:固有抵抗(μΩ・cm)、f:周波数、(Hz/sec)、
μ:透磁率
つまり、簡単に云えば電流の周波数が高くなるほど、加熱深さが浅くなります。例えば周波数10KHzの時は焼入れ深さは5mmとなります。表15に高周波発生装置の種類と特徴を示しましたが、現在では周波数の範囲が広い、サイリスタインバータ式の発振機が多用されています。高周波焼入れの特徴は、
(1)直接加熱ですから熱効率が良く、作業時間が短い。
(2)局所焼入れが可能で、硬化層深さの選定も比較的容易である。
(3)短時間加熱、急冷処理のため酸化、脱炭、変形が少ない。
(4)作業の標準化、自動化が容易である。
(5)急熱、急冷のため表面に大きな圧縮残留応力が生じ、耐摩耗性のみならず耐疲労性も向上する
などが挙げられます。
高周波焼入加熱は、コイルによって行われますので、被加工品の寸法、形状に適したコイルの作成が重要です。コイルの種類には外面用、内面用、平面用などがありますが、コイルの選定は経験的な要素が多々あります。
高周波焼入れは、一般的に機械構造用炭素鋼及び低合金鋼が多く用いられていますが、急速加熱のため、炭化物が十分固溶しない内に温度が上昇し、Ac3変態点は鉄-炭素系状態図の場合よりも若干高くなります。したがって、高周波焼入れ硬さは、焼入れ前の素地組織によって大きく影響されます。ソルバイト組織のものは炭化物が十分に固溶しますので、焼入れ硬さは高くなります。硬さの表示は有効硬化層深さと全硬化層深さの2つがあります。有効硬化層深さは50%マルテンサイト(これをハーフマルテンと呼んでいます)までの深さに該当し、鋼のC%によってその限界硬さが決められています。また、全硬化層深さは母材の硬さまでの深さを採用しています。
冷却剤は水溶性冷却液が一般的に多く用いられ、冷却方法は大きな冷却速度が得られる噴射式が多用され、クランクシャフト、歯車、カム、ロール、シリンダライナなどに施されています。
炎焼入れ
(JIS記号HQF)
アセチレンガス、都市ガス、プロパンガスなどと酸素との火炎によって、鋼の表面のみを加熱し、焼入れする操作です。高周波の場合は誘導電流によって自己発熱する内熱式に対し、炎の場合は外熱式です。いずれにしても耐摩耗性や耐疲労性の向上を目的とした処理です。特徴としては、
(1)被処理品の形状や寸法に制限を受けない。
(2)局所焼入れが可能で、硬化層深さの選定も比較的容易である。
(3)急速加熱、冷却のため酸化、脱炭、変形が比較的少ない。
(4)肉薄部品の局所焼入れは不向きである。
などが挙げられます。
焼入れ用の炎は、中性炎を用い最高温度の部分を利用します。また、高周波焼入れのコイルと同様に、炎焼入れにおいては火口の設計が重要なポイントです。火口は燃料ガスの種類や被加熱物の形状、大きさ、焼入れ硬化深さなど目的によって設計が変わり、ガスと酸素の混合形式から、元混合形、先混合形に、また、炎の形成上から孔及びスリットがあります。図34は火口の一例です。なお、用いる鋼は高周波焼入れの場合と同じであり、有効硬化層深さも同じと考えて良く前表を採用しています。また、表面硬さは大体次式によって推定ができます。
HRC=15+C Cは(%×100を表します)
高周波の場合も同様ですが、焼入れした後は必ず焼戻しを行います。
レーザ焼入れ
レーザ焼入れは、高エネルギー密度のレーザビームを鋼部品の表面に照射して加熱し、自己冷却作用によって焼入硬化させる方法です。レーザ発振装置には炭酸ガスレーザ、YGレーザ、プラズマレーザ、エキシマレーザなど色々ありますが、焼入れに用いているのは、炭酸ガスレーザが多いようです。レーザビームによる加熱は超急速であり、また、焼入れも冷却剤は用いず自己冷却です。したがって、短時間に小さい面積で局所焼入れができ、ひずみの発生も少ない利点があります。一般的に焼入れ後は焼戻しを行いません。
電子ビーム焼入れ
電子ビーム焼入れは、真空中で電子ビームを被処理物の表面上を走らせながら加熱し、自己冷却によって焼入れる方法です。真空を用いる不便さはありますが、酸化や脱炭などが無く良好な結果が得られます。また、比較的熱効率も良く、今後機械部品の小局所表面焼入硬化に多用されることと思います。