熱処理技術講座 >> 「熱処理のやさしい話」
第11章 焼入れの注意事項
(1)焼入冷却液
焼入冷却液の種類と性能には、水、油、熱浴種々ありますが、水は冷たく人肌以下に、油は熱く80℃程度が常識です。水が人肌以上になると冷却速度が小さくなり硬くなりません。また、油は温度が低いと粘性が高くなり、冷却速度が遅くなります。油の場合はホットクエンチと云って、120~150℃程度に温度を上げて用いていることもあります。これは焼入ひずみが少なくなるので、精密部品の焼入れなどに利用されています。焼入冷却液の冷却能力は、撹拌の程度によっても異なります。均一に急速冷却するためには、工夫をし十分に撹拌する必要があります。まず、真っ赤に加熱された鋼を冷却剤中へ投入します。鋼に触れた液体の表面は、沸点まで温度が上昇しますが、この一瞬の間鋼の表面は熱を奪われますから、温度がわずか下がります。続いて鋼の表面は薄い蒸気膜で全面が覆われます。この蒸気膜は断熱の働きをするため、冷却は緩やかとなります。この段階を蒸気膜段階と云います。さらに鋼に触れている部分は、猛烈に沸騰を始め蒸気の泡が出ます。この蒸気が鋼から離れるとき熱を奪い冷えてくるのです。この段階を沸騰段階と呼んでいます。また、冷え始める時の温度を特性温度と云っています。この段階は非常に重要で、焼きが入るか否か、つまり前述した臨界区域に相当するところです。なぜ均一に十分撹拌しなければならないか、理解をして頂けたと思います。さらに鋼の温度が下がり、約400℃位になると沸騰もおさまり、対流をし始め冷却が緩やかになります。この段階を対流段階と云います。この後の冷却でマルテンサイト変態が開始するのです。この段階が速いと焼割れや焼ひずみが生じやすくなります。また、同じ液でも部品の形状や大きさによって、冷え方が異なります。焼入れに当たっては、この冷え方を十分に頭に入れて、各部が一様に冷えるよう考えましょう。
(2)焼入硬さ
焼入れを行うと硬くなります。工具鋼材の場合はW、Cr、Vなどの合金元素によって変わりますが、構造用鋼の場合は、含まれているC%の量のみによって変化し、合金元素には影響されません。つまり、構造用鋼の場合は、
最高焼入硬さ(HRC)=30+0.5C%(フル・マルテン)
最低焼入硬さ(HRC)=20+0.5C%(ハーフ・マルテン)
例えばS45Cの場合には、
最高焼入硬さ(HRC)=30+0.5×45=53
最低焼入硬さ(HRC)=20+0.5×45=43
になります。この関係式はSCM435などの場合においても同じです。
(3)焼入深さ
焼きがどの程度の深さまで入ったかは、含まれている化学成分によって大きく影響されます。この焼入深さを左右する性質を焼入性と云います。焼入性に最も影響を及ぼすのがC%です。次はB、Mn、Mo、Crに順で影響をしますが、SiやNiはそれほど影響をしません。また、焼入性にはオーステナイト化温度における結晶粒度の大きさも影響します。結晶粒が粗いほど焼入性が大きく、深く硬化します。一般的に焼入性が大きい鋼(特殊鋼)は油焼きで十分硬くなりますが、小さい鋼(炭素鋼)は水焼入れでなければ硬くなりません。
④質量効果:同じ成分の鋼でも太さや厚みが異なると、硬さが入り難くなります。つまり、硬さと深さは鋼材の質量によって変化するのです。これを焼入れの質量効果と呼んでいます。質量効果が大きいと云うことは、鋼材の大きさによって硬化の差が大きいことを意味し、大物になるほど焼きが入りにくと云うことになります。また、逆に質量効果が小さいと云うことは、質量による影響が小さく、大物まで良く焼きが入ると云うことになります。一般的に炭素鋼は質量効果が大きく、特殊鋼は小さいと云えましょう。