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熱処理技術講座 >> 「熱処理のやさしい話」

第10章 焼き入れ

焼入れ(Q)

この処理は鋼を硬く、強くするために行う熱処理です。硬く焼きを入れるにはオーステナイト化温度から急冷を行うことが必要です。急冷をクエンチング、硬くすることをハードニングと云いますが、急冷が必ずしも焼入れではありません。急冷しても硬くならない時は水靱処理(SC、MnH材)とか固溶化熱処理(SUS304材)とか呼んでいます。したがって、焼入れの場合はクエンチング・ハードニングと呼ぶのが正解でしょう。なお、焼入れのルールは、

①A3又はA3-1変態点以上+50℃に加熱し、十分にオーステナイト化させます。
②臨界区域を急冷し、危険区域は徐冷します。オーステナイト化温度は、焼入れルールの内で最も大切なのは急冷方法です。臨界区域のみを急冷し、危険区域は徐冷する。そのためには、種々知恵を出さなければなりません。臨界区域を速く冷やすには水や油を使いますが、水は危険区域までも速く冷やし、焼割れや変形が生じやすくなります。油では火災などの危険性もあります。そこで最近ではポリマー焼入冷却剤が活用されていますが、オールマイティではありません。焼入冷却のコツとして、割れず、硬く焼入れるには〔速く、ゆっくり〕冷やすことです。どうしたら良いでしょう。ここが熱処理屋のノウハウなのです。

(1)引上げ焼入れ

速く、ゆっくり冷却を行う方法は、引上げ焼入れです。時間焼入れとも云っていますが、これはオーステナイト化温度から焼入液の中に投入後、ある時間経過したところで引上げてゆっくり冷やす方法です。焼入液の中に漬けておく時間は、液の種類と処理品の大きさによって違いますが、大体の目安は、

水焼入れ:品物の直径3mmにつき1秒間水浸漬

油焼入れ:品物の直径3mmにつき3秒間油浸漬

(板厚の場合は浸漬時間は50%増)

です。浸漬後は引上げて空冷で良いのですが、水の場合は空冷よりも油冷が効果的です。

(2)マルテンパー

この方法は〔割れず、硬く、曲がらず〕焼きを入れるのに、最も適した処理方法の1つです。油又は塩浴をMs点の温度付近に保ち、この熱浴に焼入れし、表面と内部が同じ温度になった頃見計らって引上げます。

(3)オーステンパー

マルテンパーよりもさらに高い温度(300~500℃)の熱浴を用い、この中に焼入れを行い変態が完了したら引上げて空冷を行います。この処理はS曲線を上手に使うことと、部品を変態終了まで保持しなければならないため、あまり大物は処理できません。得られる組織をベイナイトと云い、焼戻し無しでも相当硬く、また、じん性があります。S曲線の鼻直下のオーステンパーで得られる組織を上部ベイナイト、Ms点に近いところでベイナイト変態を起こさせた組織を下部ベイナイトと呼び、硬さは処理温度が低い方が大きな値を示します。

焼入れの注意事項

(1)焼入冷却液

焼入冷却液の種類と性能には、水、油、熱浴種々ありますが、水は冷たく人肌以下に、油は熱く80℃程度が常識です。水が人肌以上になると冷却速度が小さくなり硬くなりません。また、油は温度が低いと粘性が高くなり、冷却速度が遅くなります。油の場合はホットクエンチと云って、120~150℃程度に温度を上げて用いていることもあります。これは焼入ひずみが少なくなるので、精密部品の焼入れなどに利用されています。焼入冷却液の冷却能力は、撹拌の程度によっても異なります。均一に急速冷却するためには、工夫をし十分に撹拌する必要があります。まず、真っ赤に加熱された鋼を冷却剤中へ投入します。鋼に触れた液体の表面は、沸点まで温度が上昇しますが、この一瞬の間鋼の表面は熱を奪われますから、温度がわずか下がります。続いて鋼の表面は薄い蒸気膜で全面が覆われます。この蒸気膜は断熱の働きをするため、冷却は緩やかとなります。この段階を蒸気膜段階と云います。さらに鋼に触れている部分は、猛烈に沸騰を始め蒸気の泡が出ます。この蒸気が鋼から離れるとき熱を奪い冷えてくるのです。この段階を沸騰段階と呼んでいます。また、冷え始める時の温度を特性温度と云っています。この段階は非常に重要で、焼きが入るか否か、つまり前述した臨界区域に相当するところです。なぜ均一に十分撹拌しなければならないか、理解をして頂けたと思います。さらに鋼の温度が下がり、約400℃位になると沸騰もおさまり、対流をし始め冷却が緩やかになります。この段階を対流段階と云います。この後の冷却でマルテンサイト変態が開始するのです。この段階が速いと焼割れや焼ひずみが生じやすくなります。また、同じ液でも部品の形状や大きさによって、冷え方が異なります。焼入れに当たっては、この冷え方を十分に頭に入れて、各部が一様に冷えるよう考えましょう。

(2)焼入硬さ

焼入れを行うと硬くなります。工具鋼材の場合はW、Cr、Vなどの合金元素によって変わりますが、構造用鋼の場合は、含まれているC%の量のみによって変化し、合金元素には影響されません。つまり、構造用鋼の場合は、

最高焼入硬さ(HRC)=30+0.5C%(フル・マルテン)

最低焼入硬さ(HRC)=20+0.5C%(ハーフ・マルテン)

例えばS45Cの場合には、

最高焼入硬さ(HRC)=30+0.5×45=53

最低焼入硬さ(HRC)=20+0.5×45=43

になります。この関係式はSCM435などの場合においても同じです。

(3)焼入深さ

焼きがどの程度の深さまで入ったかは、含まれている化学成分によって大きく影響されます。この焼入深さを左右する性質を焼入性と云います。焼入性に最も影響を及ぼすのがC%です。次はB、Mn、Mo、Crに順で影響をしますが、SiやNiはそれほど影響をしません。また、焼入性にはオーステナイト化温度における結晶粒度の大きさも影響します。結晶粒が粗いほど焼入性が大きく、深く硬化します。一般的に焼入性が大きい鋼(特殊鋼)は油焼きで十分硬くなりますが、小さい鋼(炭素鋼)は水焼入れでなければ硬くなりません。

④質量効果:同じ成分の鋼でも太さや厚みが異なると、硬さが入り難くなります。つまり、硬さと深さは鋼材の質量によって変化するのです。これを焼入れの質量効果と呼んでいます。質量効果が大きいと云うことは、鋼材の大きさによって硬化の差が大きいことを意味し、大物になるほど焼きが入りにくと云うことになります。また、逆に質量効果が小さいと云うことは、質量による影響が小さく、大物まで良く焼きが入ると云うことになります。一般的に炭素鋼は質量効果が大きく、特殊鋼は小さいと云えましょう。

焼戻し(T)

焼戻しとは焼入れ又は焼ならしを行った鋼について、硬さを減少させ粘さを増加させる目的で行う熱処理です。一般的に焼戻温度は粘さを目的とする構造用鋼などの場合は、400℃以上の温度で、また、硬さを必要とする場合には200℃前後の温度です。高温の場合を高温焼戻し又は調質、低温の場合は低温焼戻しと呼んでいます。なお、焼ならしの後に行う場合はノル・テンと云っています。いずれの場合も、

①A1変態点以下の温度で加熱します。
②SKD、SKH材を除き、高温焼戻しの場合は急冷、低温焼戻しは空冷です。

焼戻しは原則として、焼入れ直後に行います。焼入れ後長時間放置しておくと、置割れが発生する場合があるからです。焼戻保持時間は1時間程度を標準にしていますが、長時間1回行うことよりも、短時間で2~3回繰返し行う方が効果的です。また、焼戻し温度においては、ぜい性を起こす温度があるから、注意をする必要があります。

低温焼戻ぜい性=300~400℃

(鋼材特有な性質ですからこの温度では絶対に行ってはいけません)

高温焼戻ぜい性=550~650℃

(空冷を行うと生じます。加熱温度から必ず急冷をしましょう)

(1)低温焼戻し

高い硬さと耐摩耗性が要求される工具類やゲージ類には、この低温焼戻しが行われなます。焼戻温度は150~200℃であり、保持時間は1時間が原則です。低温焼戻しによって、硬くてもろい焼入マルテンサイトが、粘い焼戻マルテンサイトに変化します。また、焼入れによるストレスが除去でき、経年変化の防止、研磨割れの防止、耐摩耗性の向上などに役立ちます。

(2)高温焼戻し

高温焼戻しは強じん性が要求されるシャフト類、各種の歯車類、また、SKHやSKDなどの工具類に適用されます。強じん性を必要とする場合には、550~650℃に1時間程度加熱し、高温焼戻ぜい性阻止のため急冷をします。得られる組織は約400℃焼戻しでトルースタイト、約600℃でソルバイト組織となります。いずれの場合も基本的にはフェライトとセメンタイトの混合相です。また、焼戻硬化用の戻し温度は500~600℃で、冷却は空冷です。この処理によって、焼入れによって残っていたオーステナイト(残留オーステナイト)がマルテンサイトに変態します。したがって、急冷では焼割れと同じような割れを生ずる恐れがあるからです。1回目の焼戻しで残留オーステナイトをマルテン化させ、2回目で本来の意味の焼戻しと云うことになります。つまり、硬化用では必ず2回以上は行う必要があります。

なお、焼戻温度と長さの関係には、3つの段階が考えられます。

  • 第1段階:80~160℃の範囲で収縮が起こります。これは正方晶のマルテンサイトの分解とFe2.3Cの析出が起こるためです
  • 第2段階:230~280℃の範囲で起こる膨張です。これは残留オーステナイトが下部ベイナイトに分解する過程です。残留オーステナイトが存在しない鋼やサブゼロ処理した鋼には現れません。
  • 第3段階:300℃位に現れる大きな収縮で、立方晶のフェライトとセメンタイトが出現するため、大きな収縮が起こります。また、一般的に硬さはセメンタイトが析出し、さらに凝集してくると低下する現象を示しますが、高速度鋼や合金鋼のような合金鋼は500~600℃焼戻しにおいて上昇します。このようにある温度で硬さが上昇する現象を二次硬化現象と云っています。これは残留オーステナイトのマルテン化と複炭化物の析出によるものです。なお、高温焼戻しで硬さが低下する度合いを、焼戻し軟化抵抗が大きい、小さいと表現をしています。したがって、Ⅳ形の硬さ曲線を示す高合金熱間金型用鋼などは、高温での軟化抵抗が大きいといえましょう。
サブゼロ(深冷処理)

サブゼロ処理は深冷処理とも呼ばれているもので、0℃以下の温度に冷やす処理です。焼入れした鋼中には多少(10~30%)に関わらず写真8に示す残留オーステナイトが存在しています。このオーステナイトは置狂いや置割れの原因となるばかりでなく、硬さの低下もきたしています。したがって、0℃以下の温度に冷やし、人為的にマルテンサイト化させる必要があります。サブゼロ処理はその1つの方法です。寒剤にはドライアイス、炭酸ガス、液体窒素などがあります。ドライアイスとアルコール(メチル、エチルどちらも可)で約-80℃、炭酸ガスで-130℃、液体窒素では-196℃まで冷やすことができます。-80℃程度までのサブゼロを普通サブゼロ、-130℃以下の温度を超サブゼロと云い、温度が低い方が耐摩耗性向上には効果的です。処理時間はその温度になってから30分程度で良く、保持後は空冷でも良いが、水中か湯中に投入することがベターな方法です。これをアップ・ヒルクエンチングと云っています。処理後は所定の焼戻しが必要です。

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