熱処理技術講座 >> 「熱処理のやさしい話」
第6章 鉄鋼材料の組織とその特徴
(1)加熱・冷却に伴う組織の変化
前にS点で0.77%C鋼を、オーステナイト状態から冷却すると、フェライトとセメンタイトが同時に析出することを共析変態と呼ぶと云うお話をしました。したがって、この0.77%C鋼を共析鋼と云います。これよりC%が少ない鋼を亜共析鋼、多い鋼を過共析鋼と呼んでいます。これらの鋼は本質的にはフェライトとセメンタイトから成る組織ですが、C含有量の違いによって異なった模様を呈します。簡単にお話しましよう。
まず、オーステナイト状態に加熱した亜共析鋼を冷却すると、A3線でフェライトが析出し始め、A1点まで冷却されてくると、その量が増加してきます。この析出したフェライトを初析フェライトと呼びます。残りのオーステナイトはA1点で共析変態を生じます。白い部分が初析フェライト、黒いところが共析変態によって生じたフェライトとセメンタイトです。フェライトとセメンタイトは共析変態によって、交互に析出するため層状を呈しています。この層状組織をパーライトと呼んでいます。黒いパーライトを囲むように白いフェライトが観察されます。また、過共析鋼では、Acm線でセメンタイトを析出します。このセメンタイトを初析セメンタイトと呼びます。析出過程は亜共析鋼の場合と同じです。つまり、炭素鋼をオーステナイト状態から、適当な速度で徐冷したときの組織は、純鉄ではフェライト1相ですが、C量が増加するにしたがいパーライト量が増え、約0.77%Cの共析鋼で全部がパーライトとなります。さらにC量が増加すると、パーライトと初析セメンタイトの混合組織となり、セメンタイトは結晶粒界にネット状に析出するようになります。 一般的に鉄鋼材料を加熱する場合は、加熱速度にはあまり関係なく、加熱温度に依存します。例えば亜共析鋼をA1とA3変態の間に加熱すれば、フェライトとオーステナイトの2相組織となり、また、過共析鋼ではA1とAcmの間に加熱すれば、オーステナイトとセメンタイトの2相組織となります。いずれの場合もA3、Acm以上の温度に加熱すれば、オーステナイト1相です。つまり、加熱によって1相の安定相でも、2相の不安定相の場合でも、1原子ずつ新しい結晶格子に並び変わったり、C原子が拡散する場合でもある程度の時間が必要となります。したがって、加熱速度よりもむしろ温度と時間のファクターが大きいのです。
冷却の場合は、加熱の場合と異なり、冷却速度の違いによって複雑な変化を示します。共析鋼を加熱・冷却した場合変態の起こる様子を長さの変化についてまず、(a)の徐冷(炉冷)では、冷却変態Ar1の膨張が加熱変態Ac1より僅かに下がるのみで、大きな差は認められません。これは焼なましに相当するもので、組織的には亜共析鋼の場合はフェライト+パーライト、共析鋼ではパーライト、過共析鋼の場合はセメンタイト+パーライトです。(b)のように空冷を行うと、Ar1変態が過冷されてAr′と呼ばれる変態がやや低い温度で起こります。つまり、オーステナイトが冷却の途中で、新しい結晶格子に並び変わる時に若干の時間がかかります。そのため冷却速度を速くすると、過冷されてより低温で変態が起こるようになるわけです。これが焼ならしです。得られる組織は(a)の場合と同じです。なお、過冷されたオーステナイトを過冷オーステナイト又は準安定オーステナイトと呼んでいます。(c)の油冷の場合は空冷よりもさらに冷却が速くなるため、Ar′変態が低下します。この変態は途中でとまり、残りのオーステナイトはさらに低温(250℃付近)で硬い麻の葉状のマルテンサイトに変化して、大きな膨張を起こします。この変態をAr″変態又はMs点(マルテンサイトがスタート)と呼んでいます。組織はAr′で軟らかい微細なパーライトが、また、Ar″で硬いマルテンサイトが生ずるため、軟硬混合晶となり、不完全焼入れの一種となってしまいます。なお、Ar′変態で生ずる微細なパーライトは、主に結晶粒界に優先的に析出します。水冷の(d)はさらに速い冷却のため、Ar′変態は完全に阻止されAr″変態のみが起こり、全部が硬いマルテンサイトとなり膨張をします。これが焼入れです。写真5は焼入マルテンサイト組織を示したものです。マルテンサイト変態は、主としてオーステナイトの化学成分によって決まる温度(Ms点)で始まり、温度が下がるにつれて進行し、マルテンサイト量も増加します。共析鋼などでは常温まで冷えたとき、オーステナイトは少量残るだけで、ほとんどがマルテンサイトに変態します。少量残ったオーステナイトを残留オーステナイトと云い、常温以下まで冷却を続ければ、マルテンサイトへの変態も引続いて進行をします。共析炭素鋼では-100℃付近で変態が終了します、この終了温度をMf点(マルテンサイト変態がフィニッシュした)と云います。このように常温以下に冷却してより多く、マルテンサイトに変態させる操作をサブゼロ処理と云っています。なおMs点は次式によって表すことができます。
Ms点(℃)=550-350×C%-40×Mn%-35×V%-20×Cr% -17×Ni%-10×Cu%-10×Mo%-5×W%+15×Co%+30×Al%
(2)等温変態曲線(T.T.T曲線又はS曲線)
Fe-C系平衡状態図は鉄鋼材料を扱う者にとっては、非常に大切なことがらですが、実際の熱処理作業においては、等温変態曲線の方がもっと重要です。つまり、Fe-C系平衡状態図は極めてゆっくりと加熱・冷却を行った場合の組織の変化、変態など表したものですが、焼入れなどのごとく急速冷却によって、いかなる組織が生ずるか、また、変態が生ずるかと云うことを知ることはできません。したがって、むしろ冷却によって生じた過冷オーステナイトが、いかなる温度でどのような組織に変化して行くかを知ることが大切です。この過冷オーステナイトの変態あるいは安定度を一つの図で表したものが等温変態図、Sの字に似ているのでS曲線とも呼んでいます。また、T.T.T曲線、I.T曲線とも云います。縦軸に変態温度、横軸に変態に要する時間を、特に横軸は短時間内での変態を詳しく、また、全体的に長時間までの変態を表すように対数目盛り(log)で表示しています。等温変態曲線の求め方は、
- 1)顕微鏡組織観察、硬さ測定から求める方法法
- 2)変態による熱膨張の変化から求める方法
- 3)磁気的性質の変化により求める方法
- 4)電気抵抗の変化を測定する方法
- 5)X線により求める方法
などがあります。この内最も一般的に行われているのが、(1)の組織学的方法です。
オーステナイト状態に十分加熱した試料を変態点以下の所定の温度、例えばT1の温度に保たれた熱浴中へ全試料を投入し、ある一定時間保持した後(P1、P2、・・・・Pn)取り出して急冷をします。この試料を顕微鏡で観察すると、変態した組織と未変態組織とに区別することができます。この変態割合を(変態開始-終了まで)を時間と温度の関数で表すと、ちょうどS字形になるのです。左側の黒い部分が過冷の未変態オーステナイト、右側の白い部分が変態時間の間隔を表しています。この曲線から過冷オーステナイトが、最も変態を起こしやすい温度と最も起こしにくい温度が2ずつあることがわかるでしょう。つまり、起こしやすい温度は480~650℃のAr′変態に相当する温度範囲と、100℃前後のAr″変態に相当する温度の2つ、また、変態を起こしにくい温度は、A1変態点直下と150~300℃の温度範囲です。言い換えると変態の開始時間が左側にあるほど容易に変態を起こしやすく、右側にずれているほど起こし難いと云うことになります。したがって、焼入れ作業においてはS曲線全体が右側にずれ、変態を起こし難いものほど容易であり、また、内部まで良く焼きが入ると云うことにあります。S曲線全体が左か右にずれるかは、オーステナイト化温度、結晶粒度、添加元素、偏析、加熱速度、表面の応力状態などによって異なります。なお、S曲線に及ぼす添加元素の影響は、
- C:C%の相違によってS曲線の鼻、すなわち、Ar′変態はほとんど関係が無く、パーライト変態速度も影響されません。ただし、低温側におけるマルテンサイト変態は、C%が増加するほど遅くなり、Ms点が低くなる傾向を示します。
- Mn:各温度における変態を遅らせ、右側へ移行させる傾向があります。また、1%程度では影響も小さいが、6~7%添加されると525℃位の温度における変態完了時間は約4週間と長くなります。
- Ni:Mnと同様変態を遅らせる元素ですが、Mnほどではありあません。
- Cr:Ar′変態を遅らせる働きはMn、C、Niよりも大きいです。Crを含んだ鋼は自硬性が大きいゆえんです。
- Mo:Crと同様S曲線の上部変態の形を著しく変え、Ar′変態を遅らせる働きはCrよりも大きいです。
- V:Ar′変態を遅らせる傾向がありますが、Ar′点よりも高温では逆に促進させる元素です。
- Co:Ar′変態を促進させる元素です。また、S曲線の鼻を左側に移行させます。
- W:パーライト変態を遅らせ、400℃以上の温度において2段の湾曲を生じさせます。Ti:全体的に変態速度を著しく大きくする元素です。
- B:S曲線の鼻を右側へずらせ、焼きを入りやすくする働きをします。
(3)連続冷却変態曲線(C.C.T曲線)
オーステナイト状態に加熱した鋼を、連続的にしかも等速で冷却した時に生ずる変態の様相及び組織の変化を図示したものが連続冷却変態曲線又はC.C.T曲線と云います。S曲線と同様横軸に時間(log)を取ったもので、S曲線と併記してあります。例えば完全焼なましの場合は、パーライト変態がa1で開始し、b1で終了します。また、油焼入れの場合は、a3、a4と交わったところで一部パーライト変態を起こしますが、a4、b3の変態中止線で変態を中止し、残りはMs点と交わるところで、マルテンサイトを生じます。したがって、得られる組織は微細なパーライトとマルテンサイトの混合組織です。この曲線もS曲線同様大切ですから、是非頭の中に入れておいて下さい。
(4)金属組織について
熱処理作業について学習を行う前に、今までにお話ししてきた中で出てきた金属組織について、その特徴を若干解説しておきましょう。
フェライト
純鉄に微量(常温で0.00004%、723℃で00218%)のCを固溶したα-固溶体のことで、組織学上フェライトと云います。また、α-鉄、地鉄と呼ばれることもあります。ラテン語の鉄Ferrum(フェルーム)からきています。bccの結晶構造を持ち、A3変態点でγ-鉄に変わります。軟らかく延性に優れ、常温から780℃までは強磁性体です。顕微鏡的にはオーステナイトと同様、多角形状の集合体で腐食されにくい組織です。硬さは70~100HVです。
セメンタイト
FeとC(6.69%)の金属間化合物です。炭化物とも呼ばれFe3Cで表されます。金属光沢を有し硬くてもろく、常温では強磁性体ですが、213℃(A0変態:キューリ点)で磁性を失います。顕微鏡的には層状、球状、網状、針状を呈し、特に球状をしたものを球状セメンタイトと呼んでいます。耐摩耗性が要求される工具や軸受けなどではなくてはならない組織の一つです。通常は腐食され難く、白色を呈していますが、ピクリン酸ソーダのアルカリ溶液で煮沸すると黒色になります。また、Fe3Cは比較的不安定な化合物で、900℃程度の温度で、長時間加熱すると黒鉛(グラファイト)に分解します。硬さは1200HV程度です。
パーライト
0.77%Cの鋼がA1変態点で生じた共析晶です。フェライトとFe3Cが極く薄い層で交互に並んだもので、一見パール(真珠貝)のような色合いを示すことから、パーライトと呼んでいます。パーライトはオーステナイト状態の鋼を、ゆっくり冷やした時に得られる組織で、冷却速度の相違によって層間隔が異なるため、3つに分類しています。普通パーライト(粗パーライト)は100倍程度で層状が認められ、一般的に観察されるものです。中パーライトは1000倍位で認められず、2000倍で層間隔がわかる程度です。また、微細パーライトは焼入れ冷却途中で、S曲線の鼻にかかり、生じたもので、2000倍でも層状が認めがたい組織です。硬さは240HV程度です。
マルテンサイト
1891年ドイツのマルテンスによって発見された組織で、Cを固溶したα-固溶体のことです。オーステナイトを急冷したとき無拡散変態、つまり、焼入れした時に得られる組織で結晶構造は、体心正方晶及び体心立方晶とがあります。組織的には麻の葉状又は針状を呈しています。鋼の熱処理の内で最も硬くもろい組織で、強磁性を示します。このマルテンサイトを100~200℃で焼戻しを行うと、Fe3Cが析出し、若干粘り強くなりますが腐食されやすくなります。この状態のマルテンサイトを焼入れの場合と区別し、焼戻マルテンサイトと呼んでいます。硬さは0.2%Cで500HV、0.8%Cで850HV程度です。